「うちのような小さな会社には労基署の調査は来ないだろう」
そう考えている経営者様こそ、実は危険な状況にあるかもしれません。
かつての労基署の調査は、一定の規模以上の企業を対象とした「定期監督」が中心でした。しかし近年、そのトレンドは変化しています。特に増えているのが、従業員や退職者からの直接の訴えをきっかけに調査が行われる申告監督(通報)です。
このコラムでは、専門家の視点から予防法務・労務監査の重要性を解説します。また、外国人労働者を雇用している企業や外国人経営者にとって、法令違反がどのように在留資格に関連するリスクをもたらすかについても触れていますので、ぜひご確認ください。
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目次
1. 近年増加する労基署の「申告監督(通報)」の実態
定期監督と申告監督の違い
労基署の調査には大きく分けて「定期監督」と「申告監督」の2つの種類があります。
| 項目 | 定期監督 | 申告監督 |
|---|---|---|
| 調査のきっかけ | 労基署が年度計画に基づき、対象企業をランダムまたは業種を絞って選定 | 従業員や退職者からの訴え(通報)によって実施 |
| 主な目的 | 法令遵守状況の全般的な確認(健康診断のようなもの) | 通報内容が事実かどうかの確認と是正 (事件捜査に近い) |
| 調査の厳しさ | 全般的に広く浅くチェックされる | 通報された項目を中心に厳密に調査が行われる |
| 通知 | 事前に通知が来ることが多い | 事前通知なしの「抜き打ち」で行われるケースが多い |
「定期監督」が企業の法令遵守状況を広く浅く確認するものであるのに対し、「申告監督」は事前に通知されることが少なく、通報内容に焦点を絞って厳密に調査されるのが特徴です。企業側としては「知らなかった」では済まされず、特定の不備に対する明確な証拠と是正措置が求められます。
日頃から労働法令に基づいた適正な労務管理を徹底し、いつでも監督官の調査に対応できる状態にしておくことが、企業にとって最大の防御策となります
増加する申告監督
現職の従業員や、会社を去った退職者が「未払い残業代がある」「休日が取れない」「不当な扱いを受けた」と労基署へ通報することで行われるのが「申告監督」です。
現在、労働法に関する情報は容易に入手可能です。そのため、労働環境に疑問を感じた従業員が、スマートフォン一つで労基署に相談する事例が増加しています。
【最新データ】申告監督(通報による調査)の件数推移
- 令和4年: 16,639件
- 令和5年: 19,348件
- 令和6年: 20,557件
※労働基準監督年報より。右肩上がりで増加しており、もはや「他人事」ではありません。
2. 調査が入る「前」に行うべき適法性チェック
申告監督は従業員の通報がきっかけとなります。ここからは、従業員からの通報につながるような不満を出さない、かつ調査に耐えうる体制を築く術を見ていきましょう。
労働条件通知書の不備は「即」是正対象
退職時などに「最初に聞いていた条件と違う!」という不満が通報につながる可能性があります。実務においても、労働基準監督官が真っ先に、そして最も細かくチェックするのは、個々の従業員と直接結んでいる「労働条件通知書(雇用契約書)」です。従業員が1人であっても採用時に必ず交付しなければなりません。
労働条件通知書運用のチェックリスト
- 「実態」との一致: 「求人票」「労働条件通知書」「実際の給与明細」の3点に内容のズレがないか。
- 不利益変更の履歴管理: 昇給や役割変更で条件が変わった際、その都度「変更通知書」を交付しているか(入社時のまま放置はNG)。
- 本人への交付: 会社のみ保管している状態は明示義務違反です。必ず本人がいつでも見返せる形で手渡しているか。
- わかりやすい表現: 外国人を含む社員から、内容を理解したという「署名(受領印)」を取得できているか。
※「署名」に加えて「チェック」も有効な手段です
実務上のテクニックとして、重要な箇所(特に賃金や解雇に関する条項)にチェックを入れてもらうといった運用も有効です。これにより、後から「言葉が難しくて分からなかった」「読み飛ばしていた」という通報者の主張を法的に退けることが可能になります。 - 法改正への対応: 2024年4月の法改正で義務化された「就業場所・業務の変更の範囲」などが正しく記載されているか。
「固定残業代」と「変更の範囲」の記載が曖昧な場合,内容が不適切とみなされ、通報内容(未払い残業代請求など)の信憑性を高めてしまう結果を招きます。通知書を「単なる事務手続き」ではなく、将来の紛争を防ぐ証拠書類と認識し、定期的に社労士のリーガルチェックを受けることが、申告監督を未然に防ぐひとつの防御策となります。
その就業規則、10年前のままになっていませんか?
もし就業規則が古いまま、あるいは実態と乖離し,形骸化していると、労務トラブルの原因となってしまいます。是正勧告を受けてから直すのではなく、事前の「労務監査」で以下の項目をチェックしておく必要があります。
事前の適法性チェックリスト
- 最新の法改正への対応: 働き方改革関連法や、最新の労働条件明示義務に対応しているか?
- 実態との乖離: 就業規則の内容と、実際の現場の運用がズレていないか?
- 不利益変更の有無: 過去に会社都合でルールを変えた際、正当な手続きを踏んでいるか?
就業規則と労働条件通知書、どちらが優先される?
原則、就業規則よりも労働条件通知書でより良い条件を定めた場合は、労働条件通知書が優先されます。反対に、労働条件通知書で就業規則よりも悪い条件を定めた場合、その部分は無効となり、就業規則の基準まで引き上げられます。
【外国人の方を雇用されている場合】多言語書類の必要性と在留資格との整合性
外国人労働者を雇用している場合、労働条件通知書に「本人の母国語または英語」を併記するなどの配慮が、労使トラブルを未然に防ぐ重要なポイントとなります。
言語の適合性: 日本語が堪能でない場合、理解できる言語での併記が求められます。「日本語が分からないので、そんなルールがあるとは知らなかった」と主張された場合、懲戒処分や解雇が無効とされる可能性が残るためです。
在留資格との整合性:契約書に記載された職務内容が、本人の在留資格(「技術・人文知識・国際業務」など)の許可範囲内であるかどうかの確認が必須です。
3. 曖昧な勤怠管理からの脱却。適切な労働時間の把握と残業代対策
クラウド勤怠の導入が「最大の防御」になる
労基署の調査で最も厳しく追及され、かつ多額の支払いに繋がるのが「労働時間の把握不備」と「残業代未払い」です。自己申告制や手書きの出勤簿は、労基署から客観性がないと見なされ、パソコンのログの調査等が行われる可能性があります
| 管理方法 | 労基署からの評価 | リスク |
|---|---|---|
| 手書き・自己申告 | 低 | 会社が客観的な記録を怠っているとみなされ、従業員のメモや証言等から労働時間が推計されて、想定外の未払い残業代の指導を受けるリスクがある |
| Excel管理 | 中 | 改ざんが容易であるため証拠能力が低いと判断され、適正な労働時間管理体制として認められにくい |
| クラウド勤怠管理 | 高 | 客観的な打刻データと修正履歴が残るため、ガイドラインに沿った適正な労働時間管理が行われていると評価されやすい。 |
固定残業代(みなし残業)の「有効性」を再確認する
多くの企業が導入している「固定残業代制度」ですが、無効とされるケースが多々あります。「基本給と残業代が明確に区分されているか?」「固定分を超えた場合、その差額をきちんと支払っているか?」これらの一つでも欠けていると、支払ったはずの固定残業代が「単なる基本給」と見なされ、その金額をベースに過去5年分の残業代を「二重払い」させられるリスクがあります。
また,就業規則や賃金規程への記載が無い場合は,固定残業代制度そのものが無効と判断される可能性が非常に高くなります。
4. 継続的な労務環境整備のための専門家活用
外部の専門家を活用し、労働トラブルの「防波堤」を作る
労務環境は一度整えて終わりではありません。法改正は毎年のように行われ、従業員の意識も常に変化しています。社会保険労務士などの労働法の専門家との継続的な連携です。
専門家による「予防労務」のメリット
- 定期的な労務監査: 常に最新の法律に照らし合わせ、違反の芽を摘みます。
- 法改正の即時反映:「 知らない間に法律違反になっていた」という事態を防ぎます。
- トラブルの初期消火: 従業員とのトラブルが労基署への通報に発展する前に、適切な対応をアドバイスします。
5. まとめ:労基署調査への最善の対策は「入らせない環境作り」
労基署の調査を恐れる必要はありません。正しく対策を行い、法令を遵守した経営を行っていれば、調査が入ったとしても堂々と対応できるからです。
また、外国人労働者を雇用している企業や、外国人経営者ご自身が「経営・管理」ビザで在留している場合、労働基準法等の違反は致命傷になります。
違法な長時間労働や社会保険の未加入、不適切な雇用契約などが発覚すると、外国人従業員の就労ビザの更新が不許可(帰国)になるリスクがあるだけでなく、適法な管理を怠った企業側が「不法就労助長罪」に問われる可能性もあります。さらに、外国人経営者自身の在留資格更新においても、適法な労務管理が行われているかが厳格に審査されるため、法令違反は「日本での事業継続そのものの喪失」を意味します。
手遅れになる前に、労働・社会保険の専門家に相談し、現状のリスクを洗い出して適法な体制を構築することが、企業と在留資格を守るための第一歩です。
この記事の監修者
社会保険労務士法人第一綜合事務所
社会保険労務士 菅澤 賛
- 全国社会保険労務士会連合会(登録番号13250145)
- 東京都社会保険労務士会(登録番号1332119)
東京オフィス所属。これまで800社以上の中小企業に対し、業種・規模を問わず労務相談や助成金相談の実績がある。就業規則、賃金設計、固定残業制度の導入支援など幅広く支援し、企業の実務に即したアドバイスを信念とする。