日本国内における少子高齢化と生産年齢人口の減少が進む状況下で、経験豊富なシニア層(高齢社員)の継続雇用は、企業にとって重要な経営課題となっています。
シニア社員の雇用において、これまで課題とされてきたのが「在職老齢年金制度」による年金の支給停止です。
2025年6月13日に成立した「社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律」により、在職老齢年金の支給停止基準額が2026年4月より「月額65万円」へと引き上げられることが決定しました。
本コラムでは、社会保険労務士の視点から、年金制度改正が企業の人事実務やシニア社員の手取り収入にどのような変化をもたらすのかを解説します。また、同時期に施行される「高年齢雇用継続給付の縮小」への対応策や、社労士法人第一綜合事務所の専門分野である「外国人労働者の年金実務」についても、解説します。
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目次
1. 在職老齢年金とは?制度の概要と改正の背景
在職老齢年金とは、企業に勤務し厚生年金保険に加入しながら働く方が受け取る「老齢厚生年金」の額と、会社から支払われる「給与(賞与を含む)」の合計額が一定の基準を超えた場合、年金の一部または全額が支給停止となる仕組みです。
本来、社会保険は納めた保険料に応じた給付を受けられる仕組みですが、現役レベルの収入がある方には年金制度の支え手に回っていただくという観点から設けられている例外的な調整機能です 。
(1)対象となる年金の種類と調整有無
| 対象となる年金の種類 | 在職老齢年金制度による調整の有無 | 概要 |
|---|---|---|
| 老齢基礎年金 | 調整なし(全額支給) | 国民年金から支給される定額部分。給与収入の多寡にかかわらず全額を受給できます。 |
| 老齢厚生年金(報酬比例部分) | 調整あり(基準を超えると減額) | 厚生年金保険から支給される部分。給与との合計額が基準額を超えると、超過分の半額が支給停止となります。 |
| 経過的加算額 | 調整なし(全額支給) | 老齢厚生年金に付加される部分ですが、在職老齢年金の調整対象外として計算されます 。 |
実務上、従業員から「給与が高いと基礎年金まで減らされるのか」という質問を受けることがありますが、減額の対象となるのは「老齢厚生年金(報酬比例部分)」のみです。
(2)背景にある「就業調整」の課題
現行の在職老齢年金制度については、働く意欲のある高齢者の就労を妨げているという指摘がありました。
内閣府が実施した「生活設計と年金に関する世論調査」では、60代の約半数が「66歳以上でも働きたい、または働いている」と回答する一方で、60代後半の3割以上が「年金額が減らないように時間を調整して働く(いわゆる働き控え)」と回答しています。政府は、高齢者が自身の希望に合わせて働きやすくなるよう、基準額の引き上げを決定しました。
2. 【2026年4月施行】支給停止の基準額が「月額65万円」に引き上げ
今回の法改正において、年金が支給停止となるボーダーライン(支給停止調整額)が引き上げられます。
2024年度は月額50万円、2025年度は51万円でしたが、2026年4月からは、法改正により「月額65万円」まで引き上げられます。
在職老齢年金基準額の比較表
| 項目 | 現行制度(2025年度まで) | 改正後(2026年4月以降) |
|---|---|---|
| 支給停止の基準額 | 月額 51万円 | 月額 65万円 |
| 給与とみなされる額(総報酬月額相当額) | 標準報酬月額 + その月以前1年間の標準賞与額の1/12 | 変更なし |
| 年金とみなされる額(基本月額) | 加給年金額を除いた老齢厚生年金の月額 | 変更なし |
| 支給停止額の計算式(月額) | (基本月額 + 総報酬月額相当額 - 51万円)÷ 2 | (基本月額 + 総報酬月額相当額 - 65万円)÷ 2 |
年金額の変化シミュレーション
具体的な金額でシミュレーションします。
【ケース1:基準額の引き上げにより、年金が「全額支給」に変わるケース】
対象者:65歳のフルタイム勤務社員
月給(標準報酬月額):46万円
ボーナス(標準賞与額):なし
老齢厚生年金(基本月額):10万円
総収入の月額換算:46万円 + 10万円 = 56万円
現行制度:基準額51万円の場合
給与と年金の合計額である56万円が、基準額の51万円を超過しています
支給停止額:(56万円 - 51万円)÷ 2 = 2万5千円
受給できる年金額:10万円 - 2万5千円 = 7万5千円
本来受給できる10万円のうち、毎月2万5千円が支給停止となります
2026年4月以降:基準額65万円の場合
給与と年金の合計額である56万円は、新基準額の65万円以下となります
支給停止額:超過分がないため0円
受給できる年金額:10万円(全額支給)
これまで支給停止されていた毎月2万5千円が全額支給されることになり、年間で30万円の受給額増加となります
月収が40万円前後の従業員は、今回の基準額引き上げによる影響を直接的に受ける可能性が高いです。
【ケース2:基準額の引き上げにより、年金の「支給停止額が減少」するケース】
対象者:65歳の管理職クラス社員
月給(標準報酬月額):55万円
ボーナス(標準賞与額):120万円(月額換算10万円)
老齢厚生年金(基本月額):15万円
総収入の月額換算:(55万円 + 10万円) + 15万円 = 80万円
現行制度:基準額51万円の場合
支給停止額:(80万円 - 51万円)÷ 2 = 14万5千円
受給できる年金額:15万円 - 14万5千円 = 5千円
2026年4月以降:基準額65万円の場合
支給停止額:(80万円 - 65万円)÷ 2 = 7万5千円
受給できる年金額:15万円 - 7万5千円 = 7万5千円
合計額が65万円を超えているため引き続き支給停止は行われますが、支給停止額が減少するため、結果として毎月の年金受給額が7万円(年間84万円)増加します
3.同時期に施行される関連法改正と企業実務への影響
2026年の在職老齢年金の基準額引き上げへの対応だけでなく、同時期に施行される法改正と合わせて人事制度を検討する必要があります。
(1)【2025年4月施行】高年齢雇用継続給付の給付率縮小
高年齢雇用継続給付は、60歳到達時の賃金と比較して、60歳以降の賃金が75%未満に低下した雇用保険の被保険者に対し、低下率に応じた給付金が支給される制度です。
2025年4月1日より、この給付率が引き下げられています。
| 従来制度 (2025年3月まで) | 改正後 (2025年4月以降) | |
|---|---|---|
| 給付金満額支給の条件 (低下率と最大支給率) | 低下率61パーセント以下で賃金の15%を支給 | 低下率64パーセント以下で賃金の10%を支給 |
| 段階的に減る(逓減)範囲 | 低下率61パーセント超~ 75%未満で15%から逓減支給 | 低下率64パーセント超~ 75%未満で10%から逓減支給 |
| 支給なし | 低下率75パーセント以上 | 低下率75パーセント以上 |
【給付金縮小の計算例】
60歳到達時の月給が30万円で、継続雇用により月給が18万円(60%に低下)となった場合
- 改正前(15%):18万円 × 15% = 2万7千円
- 改正後(10%):18万円 × 10% = 1万8千円
毎月9千円(年間約10.8万円)の減収となります
給付率が最大15%から10%へ縮小されるため、従来通りの給与設定では従業員の手取り額が減少します。企業は給付金に依存した賃金設計を見直し、職務内容や貢献度に応じた賃金体系へ移行することが求められます。
(2)【2027年9月~】標準報酬月額の上限の段階的引き上げ
厚生年金保険の「標準報酬月額」の上限額が見直されます。負担能力に応じた負担を求め、将来の年金給付を充実させる観点から、2026年現在の第32級(65万円)から最終的には3段階が新設され、上限が引き上げられます 。
【引き上げスケジュール】
2026年時点現在:65万円(第32級)
2027年9月1日 …68万円(第33級)
2028年9月1日 …71万円(第34級)
2029年9月1日 …75万円(第35級)
在職老齢年金の基準額引き上げにより、シニア社員に高い給与を支給しやすくなりますが、標準報酬月額が新たな上限等級に該当した場合、労使ともに社会保険料の負担額が増加します。従業員の手取り額の増加分と会社負担の法定福利費の増加分を試算し、予算策定を行う必要があります。
4. 企業が取り組むべき人事制度・就業規則の見直し手順
法改正を受け、中小企業様が準備を進めるための手順をまとめました。
実務対応チェックリスト
| □ | シニア社員の現状把握:60歳以上の社員の現在の給与(標準報酬月額および標準賞与額)と老齢厚生年金の受給額を確認 |
| □ | シニア社員の現状把握:60歳以上の社員の現在の給与(標準報酬月額および標準賞与額)と老齢厚生年金の受給額を確認 |
| □ | 影響額のシミュレーション:2026年4月以降に支給停止が解除、または減額される対象者をリストアップし、従業員の手取り額の変化と、会社が負担する社会保険料の増減を試算 |
| □ | 賃金・評価制度の再構築:高年齢雇用継続給付への依存を見直し、役割や成果に基づく新たな賃金テーブルを設計 |
| □ | 就業規則(再雇用規程)の改定:年金支給停止を避けるための「短時間勤務」から、現役世代と同様の「フルタイム勤務」への転換を促進できるよう、労働時間や職務内容に関する選択肢を就業規則に明記します |
| □ | 対象社員との個別面談の実施:対象社員に対し、法改正の趣旨と新しい賃金・評価制度について丁寧に説明 会社側の意向を伝えた上で、本人の希望する働き方をヒアリング |
5.グローバル化する職場における年金実務:外国人労働者と在職老齢年金
少子高齢化に伴い、シニア層の活用とともに外国人材の受け入れを進める企業が増加しています。多様な人材を雇用する際、年金制度に関する知識は不可欠です。
(1) 外国人に対する在職老齢年金の適用
外国人労働者であっても、日本に居住し、適用事業所に使用されている場合は、日本人と同様に厚生年金保険に加入する義務があります 。さらに、日本の老齢厚生年金の受給資格を満たした外国人が、日本国内で就労を続ける場合、国籍を問わず「在職老齢年金制度」が適用されます。 つまり、2026年4月以降は、外国人社員であっても給与と老齢厚生年金の合計額が月額65万円を超えた場合に、年金が支給停止されます。企業の労務担当者は、日本人社員と同様の基準で外国人社員の年金試算を行う必要があります。
(2) 社会保険の「社会保障協定」による期間通算と二重加入の防止
日本の公的年金制度は、原則として10年以上の加入期間がなければ老齢年金を受給できません。外国人労働者が日本で働く場合、母国の社会保障制度との二重加入による保険料負担や、日本での加入期間が短いために年金が掛け捨てになるという課題がありました。
この課題を解決するため、日本は複数の国と「社会保障協定」を締結しています。
| 社会保障協定の主な役割 | 概要 |
|---|---|
| 二重加入の防止 | 就労する国(原則として日本)の制度にのみ加入し、母国での保険料の二重負担を防ぎます |
| 年金加入期間の通算 | 日本の年金加入期間と母国の年金加入期間を合算し、双方の国で年金受給資格を満たしやすくします |
社会保障協定(期間通算を含む)を締結している国(アメリカ、ドイツ、フランスなど)の国籍を持つ社員は、両国の加入期間を合算して日本の老齢年金の受給資格を得ることが可能です。なお、イギリスや韓国など一部の国との協定は「二重加入の防止」のみであり、「期間通算」は含まれていません。
(3) 短期就労者のための「脱退一時金」制度と実務上の留意点
日本での就労期間が短く、老齢年金の受給資格期間を満たさないまま帰国する外国人労働者に対しては、「脱退一時金」の制度があります。
日本国籍を有せず、厚生年金保険の被保険者期間が6ヶ月以上あり、老齢厚生年金の受給資格期間を満たしていない等の要件を満たした上で、日本国内に住所を有しなくなった日から2年以内に請求することで、納付した保険料の一部が払い戻されます。
実務上、永住者の従業員からの問い合わせにおいて留意すべき点があります。2017年の法改正により、老齢年金の受給資格期間が25年から10年に短縮されました。これにより、日本の年金加入期間(国民年金、厚生年金等の合算)が10年以上ある外国人(永住者など)は、日本の老齢年金の受給資格を得るため、本人が希望しても脱退一時金は支給されません。退職する外国人社員に対しては、この制度の仕組みを正しく案内することが望まれます。
6. 人事労務の課題解決は社労士法人第一綜合事務所へ
2026年4月の在職老齢年金基準額引き上げ(65万円)や、高年齢雇用継続給付の縮小への対応など、企業が直面する人事労務課題は複雑化しています。
「シニア社員の手取りと会社の社会保険料負担のバランスを考慮した給与規程をどう設計するか」「社会保障協定を適用する外国人社員の年金手続きをどう進めるか」といった実務は、専門的な法令知識が求められます。
2026年4月の法改正は、経験豊富なシニア社員に長く活躍してもらうための人事制度を見直す機会となります。シニア社員や外国人労働者が適法かつ安心して働ける人事労務基盤の構築に向けて、専門家の知見をご活用ください。
社会保険労務士法人第一綜合事務所では、初回のご相談を無料で承っております。制度改正に向けたシミュレーションや労務管理に関するご相談がございましたら、お気軽にお問い合わせください 。
この記事の監修者
社会保険労務士法人第一綜合事務所
社会保険労務士 菅澤 賛
- 全国社会保険労務士会連合会(登録番号13250145)
- 東京都社会保険労務士会(登録番号1332119)
東京オフィス所属。これまで800社以上の中小企業に対し、業種・規模を問わず労務相談や助成金相談の実績がある。就業規則、賃金設計、固定残業制度の導入支援など幅広く支援し、企業の実務に即したアドバイスを信念とする。