経営管理ビザを取得し、事業を本格的に拡大させる段階に入ると、「従業員の採用」は避けて通れない重要事項となります。しかし、日本の労働法制度は複雑であり、海外の感覚のまま「とりあえず雇う」という判断をしてしまうと、意図しない労働トラブルや法違反につながるケースが少なくありません。【外国人経営者のための労働法入門】シリーズでは、経営管理ビザを持つ経営者が初めて従業員を採用する際の実務と注意点を、全3コラムに分けて分かりやすく解説していきます。
本コラムでは、経営管理ビザを持つ経営者がまず押さえておくべき日本の労働ルールの基礎を、社労士がわかりやすく解説します。
社会保険・労働保険の手続きについては、【外国人経営者のための労働法入門②】経営管理ビザで必須となる社会保険・労働保険の手続きをご参照ください。
労務管理におけるリスクについては、【外国人経営者のための労働法入門③】社会保険未加入は致命傷?経営管理ビザ更新のためのリスク管理をご参照ください。
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目次
1. はじめに:なぜ今、従業員の採用が重要視されているのか?
近年、経営管理ビザの審査基準は実体的な事業性や継続性を重視する傾向が強まっています。事業規模に応じた適切な人員配置や雇用創出の実績は、ビザの維持や更新審査において重要な評価ポイントとなります。
(1)経営管理ビザ審査における「事業の継続性・安定性」の審査厳格化
経営管理ビザの審査において、近年最も厳格化しているのが「事業の継続性・安定性」についての審査です。ペーパーカンパニーや名義貸しによる不正取得を防ぐため、入管は単に事業計画書上の数字を見るだけでなく、実際に事業が稼働しているかを細かくチェックしています。その際、最も強い客観的証拠となるのが「適切な従業員の雇用実績」です。
(2)「実体のない雇用」のリスク
自社で労働者を雇い入れ、毎月適正な給料を支払い、源泉所得税や保険料を納付しているという事実は、事業が日本国内で実在し、継続的に機能していることを証明する最大の要素となります。しかし、単に人数を揃えればよいというわけではありません。事業規模に対して極端に不自然な人員配置や、売上規模に見合わない過大な人件費設定を行っていると、かえって「実体のない架空雇用」や「ビザ発給目的の形式的な雇用」と疑われるリスクが生じます。
(3)雇用により発生する使用者の法律上の責任と適正人件費
経営者が従業員を雇うことは、単に「業務の手伝いを増やす」ことではなく、使用者として法律上の厳格な義務と責任を負うことを意味します。事業計画に即した適正な人件費率(一般的には売上高の20%〜40%程度、業種によります)を保ちつつ、必要な業務に必要な人件費を投じているという妥当性を論理的に説明できる準備が必要です。適切な労務管理を行わないまま採用を進めることは、企業の信頼を失うリスクや経営者本人のビザ更新不許可のリスクを孕んでいます。
2. 日本の労働法は「国籍・雇用形態」を問わず適用される
日本の労働基準法や関係法令は、日本国籍の従業員だけでなく、外国人労働者やパート・アルバイト、契約社員など、あらゆる雇用形態の労働者に対して均等に適用されます。
- 正社員: 期間の定めのない労働契約(無期雇用)であり、原則として会社側の都合だけで自由に解雇することはできません。
- 契約社員・パート・アルバイト: 有期労働契約(期間の定めのある雇用)となることが多いですが、日本の労働基準法では「アルバイトだから簡単に辞めさせられる」「パートだから労働法の適用外」といった考え方は通用しません。パートタイム・有期雇用労働法に基づき、同じ業務を行っている場合は正社員との間で不合理な待遇差を設けることが禁止されています。 詳しくは【2026年10月施行】パート・有期雇用のルールが変わる!同一労働同一賃金ガイドライン改正と企業が講じるべき実務対応を社労士が解説 をご参照ください。
さらに重大なリスクとなるのが「業務委託(請負)契約」と「雇用契約」の混同です。「社会保険料や残業代の負担を減らしたい」という理由で、実質的には従業員として指揮命令を出して働かせているにもかかわらず、形式的に業務委託契約を締結するケース(いわゆる「偽装請負」)が散見されます。しかし、行政や裁判所は契約書のタイトルではなく「実態」で判断します。勤務時間の指定がある、作業指示を出している、機材や道具を会社が提供しているといった実態があれば、法的概念としては「労働者」とみなされます。万が一、偽装請負と判定された場合、過去に遡って未払い残業代の請求や社会保険料の遡及徴収が行われ、数十万〜数百万円規模の突発的な負債を抱えるリスクがあります。
また、就労ビザの種類によっては、業務委託として働くことが認められず、「資格外活動違反」や「不法就労助長罪」に問われる入管法上のリスクもあるため、注意が必要です。
3. 採用前に必ず準備すべき「3つの絶対ルール」
① 雇用契約書(労働条件通知書)の交付義務と多言語対応
労働者を雇い入れる際、使用者は賃金や労働時間、契約期間などの絶対的明示事項を書面(または合意に基づく電子媒体)で明示しなければなりません。曖昧な取り決めは将来の訴訟や労使紛争の原因となるため、書面での明確な交付が不可欠です。
外国人従業員を雇う場合は、日本語の理解度に応じた配慮が不可欠です。日本語のみの契約書では「内容を理解しないまま署名した」と後から主張され、トラブルの原因となります。そのため、日本語に加えて英語や母国語の翻訳を併記した多言語雇用契約書を用意することが推奨されます。また、契約書には絶対的明示事項(給与、勤務時間、休日、退職に関する事項など)だけでなく、トラブルを未然に防ぐための特記事項(試用期間の条件、秘密保持義務、SNS利用規約、解雇事由など)を明確に記載しておくことが、自社を守る対策となります。また,2024年4月の法改正により、就業場所や業務の「変更の範囲」、有期契約の「更新上限」の明示も義務化されているため、古いひな形の使い回しには注意が必要です。
② 最低賃金制度の確実な遵守と手当除外による計算実務
都道府県ごとに定められている「地域別最低賃金」(必要に応じて「特定最低賃金」)を下回る金額で労働者を雇うことは違法です。たとえ労働者本人の同意があっても最低賃金額以上の支払いが義務付けられます。
最低賃金は時給換算でチェックします。月給制の従業員の場合、「月給÷1ヶ月の平均所定労働時間」で算出し、所在地の都道府県が定める最低賃金と比較しなければなりません。ここで注意が必要なのは、給与総額ではなく「除外できる手当」を引いた金額で計算する点です。家族手当、通勤手当、精皆勤手当、時間外手当(残業代)、休日手当、深夜手当などは最低賃金の対象外となります。基本給を低く抑えて手当で調整している場合、計算上は最低賃金割れ(違法)となってしまうケースが多発しているため、制度の仕組みを正確に理解しておく必要があります。
詳しくは【2026年10月改定】最低賃金は全国平均1,177円(+56円)へ!「最低賃金割れ」を防ぐ給与計算と実務対策 をご参照ください。
③ 法定労働時間(1日8時間・週40時間)と36協定の基礎知識
日本の法定労働時間は原則として「1日8時間、1週40時間」です。これを超えて労働(時間外労働)させる場合や休日に労働させる場合は、事前に労働者の代表と「36協定」を締結し、所轄の労働基準監督署へ届け出る必要があります。
36協定を届け出ずに1分でも残業をさせた場合、労働基準法違反となり罰則(6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金)の対象となります。また、36協定を結べば無制限に残業させられるわけではなく、原則として「月45時間・年360時間」という上限が法律で厳しく定められています。
4. 外国人経営者のための労働法入門①のまとめ:正しいルール理解が安定経営の第一歩
日本の労働法制に従い、正しい手続きと明確な契約で雇用を進めることは、トラブルを防止し、従業員のエンゲージメントを高める安定経営の基盤となります。
日本の労働法は、労働者の権利保護を非常に手厚く定めています。そのため、「知らなかった」「自国の商習慣では一般的だった」という経営者側の主張は法的効力を持ちません。万が一、労使トラブルが発生して裁判や労働基準監督署の是正勧告に発展した場合、未払い賃金の支払いに加えて企業の社会的信用を大きく損なう恐れがあります。採用前の段階で日本の労働法制を正確に理解し、就業規則や契約書などの社内体制を万全に整えておくことこそが、経営者自身と事業を守る最良の防衛策となります。
社労士法人第一綜合事務所では、同グループ内の行政書士事務所と連携しつつ、経営管理ビザをお持ちの事業者様向けに、日本の労働法制に準拠した雇用契約書の作成サポートや適正な労働条件の設定支援を行っております。初めての雇用でご不安な点がございましたら、お気軽にお問い合わせください。
この記事の監修者
社会保険労務士法人第一綜合事務所
社会保険労務士 菅澤 賛
- 全国社会保険労務士会連合会(登録番号13250145)
- 東京都社会保険労務士会(登録番号1332119)
東京オフィス所属。これまで800社以上の中小企業に対し、業種・規模を問わず労務相談や助成金相談の実績がある。就業規則、賃金設計、固定残業制度の導入支援など幅広く支援し、企業の実務に即したアドバイスを信念とする。