【外国人経営者のための労働法入門】シリーズでは、経営管理ビザを持つ経営者が初めて従業員を採用する際の実務と注意点を、全3コラムに分けて社労士が分かりやすく解説しています。
従業員を1人でも雇用すると、事業主には公的公認の公的保険制度(労働保険および社会保険)への加入義務が発生します。「手続きのやり方がわからない」「どのような条件で加入すべきか判断できない」といった理由で手続きを放置することは、深刻な法令違反となるため注意が必要です。本コラムでは、各保険制度の違いと具体的な届出義務についてわかりやすく整理します。
初めにすべきことについては、【外国人経営者のための労働法入門① 】経営管理ビザの経営者が知るべき日本の労働ルールをご参照ください。
労務管理におけるリスクについては、【外国人経営者のための労働法入門③】社会保険未加入は致命傷?経営管理ビザ更新のためのリスク管理をご参照ください。
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目次
1. はじめに:人を雇うと発生する「保険」の加入義務
(1)「労働保険」と「社会保険」の目的・管轄の違い
日本における事業所向けの公的保険は、大きく分けて「労働保険(労災保険・雇用保険)」と「社会保険(健康保険・厚生年金保険)」の2種類に分類されます。それぞれの制度の目的や対象となる要件、管轄機関が異なります。
(2)未加入放置が招くコンプライアンス違反のリスク
「手続きのやり方がわからない」「どのような条件で加入すべきか判断できない」といった理由で加入手続きを放置することは、法令違反となります。労働トラブルの発生原因となるだけでなく、後に解説するビザ更新にも悪影響を及ぼすため、早期の正しく適正な対応が必要です。
2. 【労働保険】労災保険と雇用保険の加入条件と手続き
(1)労災保険の補償範囲と追徴金リスク・事業主特別加入制度
労災保険(労働者災害補償保険)は、業務中や通勤途中の怪我・病気・障害・死亡に対して補償を行う制度です。パートやアルバイト、外国人留学生など雇用形態を問わず、1人でも雇えばその日から自動的に適用されます。全額事業主負担(全額会社払い)であり、労働者の自己負担はありません。保険料を支払っていなかった期間に事故が発生した場合、本来支払うべきだった保険料の遡及徴収に加え、支給された労災保険給付の最大100%が会社に対して追徴請求されるという極めて重いペナルティが課されます。
なお、原則として会社の役員や経営者自身は「労働者」ではないため労災保険の対象外ですが、中小事業主等であれば特別に加入が認められる「労災特別加入制度」が存在します。現場に出る機会の多い経営者は、この制度の活用を検討すべきです。
(2)雇用保険の適用条件と留学生雇用の特例ルール
雇用保険は、従業員が失業した際の給付(失業手当)や、雇用維持・育児休業時の給付を行う制度です。加入要件は「①週の所定労働時間が20時間以上」かつ「②31日以上継続して雇用される見込みがあること」の2点です。
注意が必要なのが「留学生」の取り扱いです。昼間学生(大学や専門学校の専業学生)は、たとえ週20時間以上働いていたとしても原則として雇用保険の適用除外(対象外)となります。ただし、休学中である場合や、通信制・夜間学部の学生、あるいは卒業後にそのまま就職することが決まっている場合は加入対象となるため、個別の状況確認が必要です。
(3) 退職時に発生する「離職票」の発行と事業主の交付義務
雇用保険の手続きは、採用時(資格取得)だけでなく従業員の「退職時(資格喪失)」にも非常に重要な実務が発生します。従業員が離職した際、事業主は離職日の翌日から起算して10日以内にハローワークへ「雇用保険被保険者資格喪失届」および「離職票(雇用保険被保険者離職証明書)」を提出しなければなりません。
離職票は退職者が基本手当(失業給付)を受給するために不可欠な書類であり、発行が遅れると退職者との間で深刻な紛争へと発展する事例が多発しています。特に「自己都合退職」か「会社都合退職」かという離職理由の解釈の違いはトラブルになりやすいため、退職合意書や退職届を確実に保管し、客観的な証拠に基づいて適正に手続きを進める必要があります
3. 【社会保険】健康保険と厚生年金の加入条件と手続き
(1)法人における「強制適用」の厳格性と役員報酬に関する注意点
個人事業主の場合、常時雇う従業員が5人未満であれば社会保険(健康保険・厚生年金)の加入は任意(一部業種除く)となりますが、株式会社や合同会社などの「法人」は、従業員の人数に関わらず無条件で強制適用となります。
従業員ゼロで経営者(役員)1名のみの会社であっても、役員報酬が定期的に支給されていれば、たとえ少額であっても、 社会保険の加入義務が生じます。「売上がまだ少ないから」「自分の分は国民健康保険に入っているから」という理由は一切認められません。
(2)正社員・パート・アルバイトの社会保険適用拡大基準
近年、社会保険の適用範囲は段階的に拡大されており、正社員の4分の3以上の労働時間・日数で働くパート・アルバイトは強制加入となります。なお、「週20時間以上」「月額賃金8.8万円以上」等の条件で加入が義務付けられるのは、現在「従業員51人以上(常時50人を超える)」の企業です。
そのため、初めて従業員を雇う設立初期の段階では、原則として「正社員の4分の3以上の労働時間・日数」を満たすかどうかが加入の主な判断基準となります。採用時には、各従業員の労働条件がこの基準に該当するかを事前に確認しておく必要があります。
(3) 保険料額を決定する「標準報酬月額」の仕組みと定時決定
健康保険や厚生年金保険の保険料は、毎月の実際の給料額をそのまま計算に使用するのではなく、報酬を一定の幅で区分した「標準報酬月額」に基づいて決定されます。 標準報酬月額は、毎年4月・5月・6月の3ヶ月間に支払われた報酬の平均額をもとに決定され(これを「定時決定」と呼びます)、原則としてその年の10月から翌年9月までの1年間適用されます。
この期間中に残業が多く発生して基本給以上の給与が支払われた場合、標準報酬月額の等級が上がり、その後の保険料負担が増加することになります。また、基本給の大幅な改定や役員報酬の変更があった場合には、年の途中であっても「随時改定(月額変更届)」の手続きが必要となるため、毎月の給与計算と連動した適正な管理が不可欠です。
4. 採用から手続き完了までのスケジュール
(1)各行政機関(労基署・ハローワーク・年金事務所)別の届出期限一覧
手続きは対象ごとに提出先と期限が細かく分かれています。
- 労働基準監督署: 労働保険成立届(採用から10日以内)、労働保険概算保険料申告書(50日以内)
- ハローワーク: 雇用保険事業所設置届(10日以内)、雇用保険被保険者資格取得届(翌月10日以内)
- 年金事務所: 健康保険・厚生年金保険新規適用届、被保険者資格取得届(事実発生から5日以内)
(2)添付書類(登記簿謄本・賃金台帳等)と遡及徴収・立入検査リスク
提出時には、会社の歴史を示す履歴事項全部証明書(登記簿謄本)の原本、賃金台帳、出勤簿、労働者名簿、賃金支払通知書などの提出を求められます。もし手続きを怠った場合、年金事務所による立入検査(総合調査)が実施され、最長で過去2年分まで遡って保険料が一括徴収されます。社会保険料は会社負担分と個人負担分を合わせて給与の約30%に達するため、過去2年分遡及された場合、数百万円〜数千万円規模の支払いが課せられるリスクが生じます。
(3) 外国人雇用におけるハローワークへの「外国人雇用状況の届出」義務
外国人従業員(正社員、契約社員、パート・アルバイト、留学生を含む)を雇い入れた際、および離職した際には、労働施策総合推進法に基づき、ハローワークへの「外国人雇用状況の届出」が義務付けられています。 雇用保険の被保険者となる従業員の場合は「雇用保険被保険者資格取得届(または喪失届)」の該当欄に在留資格や在留期間、国籍等を記入して提出します。
一方、雇用保険の対象外となる留学生アルバイト等の場合であっても、「外国人雇用状況届出書(様式第3号)」を翌月末日までにハローワークへ提出しなければなりません。この届出を怠ったり、虚偽の届出を行ったりした場合は、1人あたり最高30万円の罰金が科される対象となるため、採用時の在留カード確認と合わせた実務チェックが必須となります。
また、この届出義務違反による罰金刑は入管法上のコンプライアンス違反とみなされ、経営者自身の経営管理ビザの更新において「事業の適正性なし」として不許可リスクに直結する可能性があるため、注意が必要です。
5. 採用前に把握すべき「会社負担の社会保険・労働保険コスト」
(1)月給25万円の正社員を1名雇った場合のコストシミュレーション
採用計画を立てる際、経営者が把握すべきなのは「額面給与」だけでなく「会社負担の法定福利費」です。
- 前提条件: 東京都内の法人、月給25万円(30歳・正社員、単身)を1名雇用した場合
- 従業員の額面給料: 250,000円 / 月
- 会社負担・社会保険料(健康保険・厚生年金): 約 37,500円 / 月(約15%)
- 会社負担・労働保険料(労災・雇用): 約 2,250円 / 月(業種により異なる)
- 会社側の毎月実質負担総額: 約 289,750円 / 月
(2)額面給与+約15〜16%の固定費(法定福利費)を見込んだ資金計画
このように、給与とは別に「額面給与の約15〜16%」が会社の固定費(法定福利費)として毎月発生します。このコストをあらかじめ資金計画に組み込んでおかなければ、採用後に資金繰りが行き詰まる原因となります。
(3) 設立初期における役員報酬設定と社会保険料コストの最適化
創業初期や経営管理ビザの取得直後において、経営者自身の役員報酬をどのように設定するかは、社会保険料負担に直結する重要な経営判断となります。 前述の通り、法人の役員は役員報酬が支給される限り社会保険への加入が必須となりますが、役員報酬額を極端に低く設定しすぎると、経営管理ビザの更新審査において「経営者個人の生計維持能力(定着性・安定性)」を疑われる懸念が生じます。
一方で、実態に見合わない高額な役員報酬を設定すると、会社負担・個人負担双方の社会保険料が過大となり、資金繰りを圧迫します。ビザ審査で求められる個人の生活水準(一般的に年間300万円程度以上の収入水準が目安とされます)と、会社の固定費負担(法定福利費)のバランスを考慮した、適正な役員報酬シミュレーションをあらかじめ社労士や税理士等の専門家と行っておくことが推奨されます。
6. 外国人経営者のための労働法入門②のまとめ:加入手続きは期限内に確実に
各種保険の手続きは届出先が多岐にわたり、添付書類の準備も複雑です。採用計画の段階からあらかじめスケジュールを把握し、遅滞なく進めることが重要です。
社労士法人第一綜合事務所では、煩雑な労働保険・社会保険の新規適用手続きや資格取得届の提出代行を承っております。正確かつ迅速な手続きで、事業主様の負担を軽減いたします。
ぜひご相談ください。
この記事の監修者
社会保険労務士法人第一綜合事務所
社会保険労務士 菅澤 賛
- 全国社会保険労務士会連合会(登録番号13250145)
- 東京都社会保険労務士会(登録番号1332119)
東京オフィス所属。これまで800社以上の中小企業に対し、業種・規模を問わず労務相談や助成金相談の実績がある。就業規則、賃金設計、固定残業制度の導入支援など幅広く支援し、企業の実務に即したアドバイスを信念とする。