
キャリアアップ助成金は,「優秀な人材を確保したいけれど,人件費に使える余力がない」という企業や,個人事業主のために用意された制度です。「正社員化支援」と「処遇改善支援」の大きく2つに分かれていて,労働市場の安定と企業の生産性向上を目的としています。
本コラムでは,正社員化支援のうち最も利用が多い「正社員化コース」について解説します。
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目次
1.キャリアアップ助成金「正社員化コース」とは?
「正社員化コース」は簡単に言うと,自社内の派遣社員やアルバイトなどいわゆる「非正社員」を正社員に転換すると助成金が支給されるという制度です。
助成金の支給額は,企業規模や転換前の雇用形態などによって変わります。従来は1回の申請で最大80万円が支給される制度でしたが,2024年度からは2回に分けられ,1回あたり最大40万円という制度に変わりました。
申請してから助成金が支給されるまで1年以上かかる場合もあり,しっかり準備する必要があります。
(1)正社員化コースの助成金支給額
「正社員化コース」の助成金支給額は以下の通りです。
企業規模 | 条件 | 1人あたりの支給額(2期分) |
---|---|---|
中小企業 | 有期雇用非正規⇒正社員 | 80万円(40万円×2回) |
中小企業 | 無期雇用非正規⇒正社員 | 40万円(20万円×2回) |
大企業 | 有期雇用非正規⇒正社員 | 60万円(30万円×2回) |
大企業 | 無期雇用非正規⇒正社員 | 30万円(15万円×2回) |
正社員に転換後,6か月経過すると「1期目」の申請ができます。その後,さらに6か月経過すると「2期目」のと申請ができる仕組みです。
なお,「正社員化コース」には,特定の条件を満たすと支給額が加算される措置も用意されています。
条件 | 有期雇用非正規⇒正社員 | 無期雇用非正規⇒正社員 |
---|---|---|
派遣社員を派遣先で正社員として直接雇用 | 28万5,000円 | 28万5,000円 |
対象者が一人親家庭の母または父 | 9万5,000円 | 4万7,500円 |
人材開発支援助成金の訓練修了後に正社員化 | 9万5,000円 | 4万7,500円 |
正社員転換の制度を新設して適用 | 20万円(大企業は15万円) | 20万円(大企業は15万円) |
多様な正社員制度※を新設して適用 | 40万円(大企業は30万円) | 20万円(大企業は30万円) |
※多様な正社員制度とは,「勤務地限定正社員」「職務限定正社員」「短時間正社員」のうち,いずれか1つでも制度として新設すれば対象になります。
(2)助成対象となる従業員とは?
キャリアアップ助成金「正社員化コース」は,対象となる従業員が限定されています。
特に注意すべきポイントが7つありますので,以下を確認してください。
【対象となる従業員】
- 有期雇用または無期雇用の従業員※で,正社員とは異なる給与額または計算方法が通算6か月以上適用されていること
- 正社員として雇用することを約束して雇用された従業員でないこと
- 対象の従業員の前職と現職の事業主同士が,資本的・経済的・組織的にも密接な関係がないこと
- 対象の従業員が事業主または取締役の3親等以内の親族ではないこと
- 助成金の支給申請時点で正社員として引き続き在籍していること(自己都合の退職は除く)
- 助成金の支給申請後に有期雇用または無期雇用へ転換する予定がないこと
- 定年退職までの期間が1年以上であること
※ここで言う「無期雇用」とは,期間の定めがない契約の従業員で,正社員には適用される労働条件が適用されていない従業員のことです。
上記7つのチェックすべて「〇」であれば,その従業員は助成金の対象になります。
(3)助成対象となる事業主とは?
キャリアアップ助成金「正社員化コース」は,従業員だけでなく会社側にも要件があります。
会社側で注意すべきポイントは15個ありますので,以下を確認してください。
【対象となる事業主】
- 雇用保険適用事業所であること
- 雇用保険適用事業所ごとに,キャリアアップ管理者を置いていること
- 雇用保険適用事業所ごとに,対象従業員のキャリアアップ計画を作成し,管轄都道府県労働局長から認定を受けていること
- 対象従業員の労働条件,勤務状況および賃金の支払い状況がわかる書類を整備し,賃金の算出方法を明らかにできること
- キャリアアップ計画期間内にキャリアアップに取り組んでいること
- 有期雇用の従業員などを正社員に転換する制度を就業規則などに規定していること
- 有期雇用から正社員への転換は,上記6の制度の規定に基づいて実施したこと
- 正社員化した従業員を引き続き6か月以上雇用し賃金を支給していること
- 助成金の支給申請時点で,この制度を引き続き運用していること
- 正社員化した従業員の給与は,正社員化前6か月間の賃金より3%以上増額させていること
- 正社員化した従業員を,正社員化後6か月以内に会社都合で離職させていないこと
- 雇用形態の変更は,従業員の同意に基づく制度として雇用されていること
- 正社員化した従業員を転換日から雇用保険被保険者としていること
- 正社員化した従業員を転換日から社会保険の被保険者としていること(社会保険適用事業所のみ)
- 勤務地限定正社員制度,職務限定正社員制度または短時間正社員制度を新設して加算適用を受ける場合は,キャリアアップ期間中に,この正社員制度を新設し,有期雇用から正社員へ転換していること
いかがでしょうか。
なるべく専門用語を使わずに解説してみましたが,ボリュームが多いので複雑に感じると思います。
気になる点がありましたら,ぜひ専門家である社会保険労務士へご相談ください。
2.助成金を受けるための手続き
ここからは,実際に助成金の支給を受けるために必要な手続きについて解説します。
申請の流れはおおまかに分けて7つのステップがあります。
- キャリアアップ計画書の作成・提出
- 就業規則に正社員転換規定を盛り込む
- 就業規則に基づいて正社員化
- 6か月の給与支払い
- 助成金の支給申請(第1期)
- 7~12か月の給与支払い
- 助成金の支給申請(第2期)
それぞれのステップで注意すべきことがありますので,詳しく見ていきましょう。
【Step1】キャリアアップ計画書の作成・提出
事業所ごとに「キャリアアップ管理者」を決めて,計画の対象者,期間,目標,目標を達成するために会社として取り組むことなどを,専用の計画書にまとめます。計画期間は3年以上5年以内で設定する必要があります。

【ご注意点】
◆計画実施日の前日までに提出が必要
計画書は,計画実施日の前日までに管轄のハローワークに提出が必要です。郵送の場合はハローワークに「届いた日」が提出になるので余裕をもって発送しましょう。
◆キャリアアップ管理者は事業所ごとに選任
キャリアアップ管理者は複数の事業所を兼任できません。必ず事業所ごとに選任してください。また,労働者代表とも兼任できないので注意しましょう。
◆キャリアアップ計画の内容が変わったら届出が必要
計画書の提出後に,計画期間など内容が変更となった場合は「キャリアアップ計画変更届」の提出が必要です。銅市の対象者で過去に計画書を提出していて,計画期間が過ぎている場合も変更届が必要です。
【Step2】就業規則に正社員転換規定を盛り込む
キャリアアップ助成金「正社員化コース」を活用するには,就業規則に正社員転換に関する内容を明示する必要があります。それ以外にも必要な内容がありますので以下を確認してください。
【就業規則で明示すること】
- 就業規則で正社員,契約社員,パートタイマーの適用範囲を定めること
- 有期雇用労働者からの転換の場合,契約期間に係る規定が確認できること
- 「賞与または退職金の制度」かつ「昇給」が正社員に適用されていることが明示されている事
- 転換制度(手続き,要件,実施時期)について就業規則で明示されており,かつ従業員に周知されていること
- 基本給,賞与,退職金,各種手当等について,いずれか一つ以上で正規雇用労働者と契約社員やパートタイマーについて賃金額や計算方法が異なる旨を定めていること
- 固定残業代が基本給に含まれている場合は,固定残業代に関する時間数と金額等の計算方法, 固定残業代を除外した基本給の額を,就業規則または雇用契約書等に明記していること
【ご注意点】
◆従業員10名未満の会社でも就業規則が必要
会社に「就業規則」がない場合はキャリアアップ助成金が利用できません。
10名未満の会社は就業規則の届出義務がないため,会社によっては作成していないところもあるかもしれません。その場合は,まず就業規則を作成しましょう。その際に,上記内容をしっかり規定してください。
◆賃金規定は正社員と非正社員で「待遇差」が必要
基本給や賞与,退職金,その他手当について,正社員と非正社員で金額や計算方法について待遇に差があるように定める必要があります。
(待遇差の例)
「正社員は月給,契約社員は時給」
「賞与は正社員のみで,契約社員には支給しない」…などです。
【Step3】就業規則に基づいて正社員化
就業規則で定めた制度に基づいて,正社員への転換を実施します。
【ご注意点】
◆就業規則改定前に正社員化すると助成金の対象外
就業規則の改定前に正社員転換してしまうと,キャリアアップ助成金「正社員化コース」の対象外になります。また,就業規則で規定したものと異なる運用で正社員転換した場合も対象外となるのでご注意ください。
【Step4】6か月の給与支払い
正社員化後,6か月の給与支払い実績が必要です。
【ご注意点】
◆正社員転換前の給与と比較して3%以上の昇給が必要
昇給は基本給や定額で支給されている諸手当を含む総額から算定します。通勤交通費など実費弁償的なもの,賞与は昇給の算定に含めません。
【Step5】助成金の支給申請(第1期)
正社員化した従業員へ,正社員としての給与を6か月分支給した翌日を起点に第1期の申請が可能となります。
【ご注意点】
◆申請できる期間(2か月間)を1日でも過ぎると申請できない
第1期の支給申請は,「給与を6か月支給した日の翌日」を起点に2か月以内に行う必要があります。
暦の関係で給与支給日が前倒しになった場合,その翌日からのカウントとなるのでご注意ください。
◆申請書類は10種類以上ある
助成金の支給申請で提出する書類は,添付書類も含めると10種類以上あります。また,1年分のタイムカードや賃金台帳なども提出が必要となるので,過去のデータも参照しやすいように整理しておくことをおすすめします。
確実に申請したい方は,社労士へ依頼すると安心です。
【Step6】7~12か月の給与支払い
雇用を継続して7~12か月の給与支払い実績が必要です。
基本的には6か月までと変わりませんが,合理的な理由がなく給与を減額していた場合は助成金の対象外となります。
【Step7】助成金の支給申請(第2期)
12か月分の給与を支給した翌日を起点に,2か月以内に第2期の申請を行います。
なお,第1期の申請で「不支給」の決定を受けた場合は「第2期」の申請は行えません。
第1期同様に,実際の給与支払い日が起点になるのでご注意ください。
3.正社員化コースの支給申請に必要な書類
キャリアアップ助成金「正社員コース」では,10種類以上の書類を提出することになります。
また,必要書類は毎年改定されるため,厚生労働省のホームページ で最新情報を確認するようにしてください。

【支給申請に必要な書類】
◆厚生労働省ホームページでダウンロードできるもの(必ず最新版を使いましょう)
- キャリアアップ助成金支給申請書(様式第3号)
- 正社員化コース内訳(様式第3号・別添様式1-1)
- 正社員化コース対象労働者詳細(様式第3号・別添様式1-2)
- 支給要件確認申立書(共通要領様式第1号)
- 支払方法・受取人住所届 ※未登録の場合のみ必要
◆会社側,従業員側で用意するもの
- 労働基準監督署の認定を受けた「キャリアアップ計画書」の写し
- 就業規則(または労働協約)の写し
- 正社員化した従業員の,転換前後の雇用契約書(または労働条件通知書など)の写し
- 正社員化した従業員の,転換前後の賃金台帳の写し
- 賃金3%以上増額に係る計算書
- 正社員化した従業員の,転換前後の出勤簿またはタイムカードの写し
- 中小企業事業主であることの確認書類 ※中小企業として申請する場合に必要
提出した書類は返却されないので,提出する前にすべてのページをスキャンかコピーしておくことをおすすめします。
4.キャリアアップ助成金「正社員化コース」まとめ
本コラムでは,キャリアアップ助成金のなかでも最も利用が多い「正社員化コース」について解説しました。
人件費を抑えつつ優秀な人材育成を行いたい事業主にとっては,魅力的な制度ではないでしょうか。
しかし,申請するために準備や整備をしなければいけないことも多くあります。また,申請書類も膨大な量になります。審査では労働関係の法令遵守状況も厳しくチェックされます。
社会保険労務士法人第一綜合事務所では,正社員化コースの申請サポートを行っておりますので,ご不明な点やご不安なことは,ぜひ一度ご相談ください。
この記事の監修者

社会保険労務士法人第一綜合事務所
社会保険労務士 菅澤 賛
- 全国社会保険労務士会連合会(登録番号13250145)
- 東京都社会保険労務士会(登録番号1332119)
東京オフィス所属。これまで800社以上の中小企業に対し、業種・規模を問わず労務相談や助成金相談の実績がある。就業規則、賃金設計、固定残業制度の導入支援など幅広く支援し、企業の実務に即したアドバイスを信念とする。