
「人材育成を進めたいが,コストや制度の複雑さが壁になっている。」そう感じている企業担当者の方も多いのではないでしょうか。特に外国人労働者を雇用する企業にとっては,業務に直結する資格取得やリスキリング,社内定着の支援など,独自の課題に対する投資が必要になります。そんな時に活用したいのが,人材開発支援助成金です。
本コラムでは,外国人雇用の現場を知る社労士の視点から,制度の全体像,活用のポイント,申請のステップまでをわかりやすく解説します。
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目次
1.人材開発支援助成金とは? 基礎知識を分かりやすく解説
人材開発支援助成金とは,企業が従業員のスキルアップやキャリア形成を図る際に,その費用の一部を国が補助してくれる制度です。この助成金制度を上手に活用することで,企業は費用負担を軽減しつつ,安定した人材育成と職場定着を推進することができます。
1-1.人材開発支援助成金の目的
人材開発支援助成金の目的は,以下の通りです。
- 企業の持続的成長を支えるための人材育成支援
- 従業員のスキル向上とキャリア形成の促進
- 特に中小企業における人材育成機会の確保
また,本制度では,以下のような企業内での訓練に対し,費用の一部が助成されます。
- Off-JT(職場外訓練)
外部講師を招いた研修や外部講座の受講 - OJT(職場内訓練)
実務を通じて上司や先輩から学ぶ訓練
また,助成金には複数のコースが用意されており,それぞれに支給要件や助成率,対象となる訓練内容が異なります。自社の人材育成計画に合わせて,適切なコースを選定することがポイントです。
コース名 | 対象訓練内容 | 主な支給要件 | 助成率・上限額※中小企業の場合 | 助成率・上限額※大企業の場合 |
---|---|---|---|---|
人への投資促進コース | キャリアアップに資する訓練(資格取得 等) | 訓練実施前に計画書を提出し,要件を満たす訓練を実施すること | 賃金助成:760円/1時間あたり | 賃金助成:対象外経費助成:30% |
事業展開等リスキリング支援コース | 新事業に対応するスキル獲得訓練(DX・営業力強化 等) | 新分野への展開や業務転換に対応する訓練であること | 経費助成:90% | 経費助成:75% |
人材育成支援コース | ・10時間以上のOFF-JT・認定実習併用職業訓練(OFF-JT + OJT)・有期実習型訓練(OFF-JT + OJT) | 訓練計画の提出と承認が必要 | 賃金助成:760円/1時間あたり経費助成:45% | 賃金助成:480円/1時間あたり経費助成:30% |
教育訓練休暇等付与コース | ・有給の教育訓練休暇制度(3年間で5日以上)・長期教育訓練休暇制度(30日以上) | 休暇制度の導入と実施が必要 | 制度導入:30万円賃金助成:6,000円(最大150日) | 制度導入:20万円賃金助成:4,000円(最大150日) |
建設労働者認定訓練コース | 建設関連の認定職業訓練,または指導員訓練 | 中小建設事業主またはその団体が対象 | 賃金助成:3,800円/1日あたり経費助成:45% | 賃金助成:2,000円/1日あたり経費助成:30% |
建設労働者技能実習コース | 建設労働者の技能向上のための実習(10時間以上) | 中小建設事業主またはその団体が対象 | 賃金助成:3,800円/1日あたり経費助成:45% | 賃金助成:2,000円/1日あたり経費助成:30% |
※「人への投資促進コース」について,上記に記載した助成率・上限額等は一例です。その他種類が多数ありますので,詳細は厚生労働省「人材開発支援助成金 (人への投資促進コース)のご案内」をご覧ください。
1-2.助成金の対象となる訓練とは
助成金の対象となる訓練内容は多岐にわたります。例として,以下のような取り組みが対象となることがあります。
- 新技術や業務システムに関する研修
- マネジメント・リーダーシップ研修
- 業務に関連する資格取得支援講座
- eラーニングを活用したオンライン研修
コースごとに訓練の対象範囲が異なるため,実施予定の研修が助成対象かどうか,事前に厚生労働省や社労士に確認することをおすすめします。
1-3.助成金のメリットとデメリット
助成金の活用は,効果的な人材育成の助けとなる反面,適切な制度理解と準備が必要です。特に外国人労働者を含む多様な人材が在籍する企業にとっては,組織全体の育成方針を見直すきっかけともなります。
以下のメリットとデメリットも勘案し,自社に合った活用方法を検討しましょう。
メリット
費用負担の軽減
人材育成にかかるコストを削減でき,導入のハードルが下がります。
中小企業の人材育成を後押し
限られた資源でも,質の高い研修が可能になります。
従業員のモチベーション向上
企業が研修に投資することで,従業員の帰属意識やエンゲージメントが高まります。
外国人労働者の定着支援
資格取得等・スキル研修を通じて,定着率の向上が期待できます。
人材育成計画の見直し機会
助成金申請の過程で育成計画を整理・可視化できます。
デメリット
申請手続きが煩雑
書類作成や訓練記録の保存,報告が必要です。
受給までに時間がかかる
研修後に支給決定が行われるため,資金繰りに注意が必要です。
全額助成ではない
あくまで一部補助のため,自己負担分が発生します。
要件を満たさないと不支給のリスクも
訓練内容が要件を満たさない場合や,必要書類を準備できない場合は助成されません。
2.申請前に知っておきたい! 助成金の要件
人材開発支援助成金を活用するには,自社が利用可能なコースを把握し,助成対象となる訓練・要件を事前に理解することが大切です。
2-1.助成金の申請要件と対象者
助成金を申請するには,企業側・訓練対象者側の両方に要件があります。主なポイントは以下の通りです。
企業側の要件
- 雇用保険の適用事業所であること
- 助成対象となる訓練を計画書に基づき適正に実施していること
- 労働関係法令に違反していないこと(過去の不正受給等がない)
対象労働者の要件
- 雇用保険の被保険者であること(アルバイト・パート含む)
- 訓練実施時点で企業に在籍していること
訓練内容の要件(一例)
- 所定の訓練時間数(例:10時間以上)を満たすこと
- 訓練が企業の事業内容と関係するものであること
- 外部講師や研修機関を利用する場合は,適切な実施体制があること
外国人労働者も条件を満たせば助成対象になりますが,在留資格や勤務形態によっては対象外となるケースもあります。たとえば,以下の在留資格の場合は対象外です。
助成対象外となる在留資格
- 特定活動(EPA受入れ人材としての看護師・介護福祉士の試験合格前の候補者)
- 特定活動(外国人家事使用人,ワーキングホリデー等の雇用保険対象外の場合)
- 外交,公用
助成金を効果的に活用するためには,「どの訓練がどのコースに該当するか」を正確に判断し,書類不備を防ぐことが重要です。
不明な点がある場合は,社労士などの専門家に相談しながら,事前準備を進めましょう。
3.助成金申請の流れを手順ごとに解説
人材開発支援助成金を活用するには,事前準備から実施後の支給申請まで,一定の手順を踏む必要があります。
助成金申請の大まかな流れは,①訓練計画の提出 → ②訓練の実施 → ③助成金の支給申請となります。
この章では,求められる書類や注意点について解説します。
3-1.訓練計画の提出と,必要な書類の確認
まずは,訓練計画の提出に必要な書類を揃えましょう。書類の内容は助成金の種類により大きく異なりますが,共通して必要となる主な書類は以下の通りです。
訓練実施計画書
訓練の目的・対象者・実施方法を記載
訓練カリキュラム
訓練の内容・時間・講師情報などを明記
対象労働者一覧
訓練に参加する従業員の氏名,雇用区分,雇用保険の加入状況などを記載したリスト
※外国人労働者が対象の場合は,在留カードの写しや労働条件通知書の添付を求められることもあります。早めに準備しておくと安心です。
3-2.申請書の作成と提出方法
次に,計画届時に必要な書類を作成します。書類には以下の内容を含め,正確かつ具体的に記載する必要があります。
- 企業の基本情報
- 対象者情報(氏名・雇用形態など)
- 訓練の目的・内容・時間・費用内訳
- 講師・研修機関の情報
提出方法の選択肢として,下記のような形態があります。
方法 | 補足 |
---|---|
郵送 | 書留など記録が残る形式推奨 |
窓口持参 | 管轄の労働局またはハローワークに提出 |
電子申請(e-Gov) | 事前にアカウント取得が必要 |
※提出期限はコースごとに異なるため,訓練開始前の計画書提出期限に注意が必要です。
3-3.支給決定までの流れと注意点
申請書提出後,管轄の労働局による審査が行われます。審査期間は通常1~3ヶ月程度で,結果は郵送や窓口持参の場合は文書で通知,電子申請の場合はe-Govから通知が届きます。
支給決定後の流れ
①訓練実施
- 計画書通りに訓練を実施(変更がある場合は事前に申請)
- 実施状況の記録(出席簿,写真,講師報告など)
②支給申請(訓練後)
- 領収書や賃金台帳などの証憑類を添付
- 実施証明書類を揃えて再度提出
③助成金の振込
- 問題がなければ,指定口座へ助成金が振り込まれます
また,以下のような行為は,助成金の返還や罰則の対象となるため注意しましょう。
- 架空の訓練や受講実績の捏造
- 在留資格で就労が認められていない外国人の受講報告
助成金は「公的資金」であり,厳格な審査が行われます。実施記録や受講証明は必ず整備し,虚偽の報告は厳禁です。
4.まとめ
人材開発支援助成金は,費用を抑えながら人材育成を進められる支援制度です。特に,専門スキルの強化を必要とする外国人労働者の戦力化・定着促進において,とても有益です。
ただし,助成金の活用には制度の正確な理解と,計画的な準備・運用が不可欠です。対象訓練の選定,必要書類の整備,期限内の申請,訓練実施後の報告まで,いずれもミスがあると不支給となる可能性があります。
自社の育成戦略や外国人雇用の方針と照らし合わせながら,どの助成コースが適しているかを見極め,無理のない形で制度を活用することが重要です。
社会保険労務士法人第一綜合事務所では,助成金制度の選定から申請・運用まで,外国人雇用に精通した社労士がサポートしております。「どの訓練が対象になるのか不安」「外国人にも活用できるか知りたい」といったお悩みがあれば,ぜひお気軽にご相談ください。
この記事の監修者

社会保険労務士法人第一綜合事務所
社会保険労務士 菅澤 賛
- 全国社会保険労務士会連合会(登録番号13250145)
- 東京都社会保険労務士会(登録番号1332119)
東京オフィス所属。これまで800社以上の中小企業に対し、業種・規模を問わず労務相談や助成金相談の実績がある。就業規則、賃金設計、固定残業制度の導入支援など幅広く支援し、企業の実務に即したアドバイスを信念とする。